マルチな分野で活躍中の人気グループ・関ジャニ∞のメンバーにして、これまで〈歌い手〉であることにこだわり続けてきた渋谷すばるという存在、その表現力のポテンシャルに興味を抱いた製作陣は、青春音楽映画の決定打『リンダ リンダ リンダ』(05)の監督である山下敦弘と共にオリジナル映画に取り組むことを決めた。渋谷すばる主演を想定したとき、【大阪】で【音楽映画】という大枠は自ずと決まっていったが、その彼に絡み合わせてゆく要素として、山下監督はとあるバンド、大阪芸術大学時代の先輩でもある赤犬の投入を思いつく。「大阪に住んでいた頃、近所の新世界にゲートというスタジオがあって、そこへ行くと、いつも練習をせずに遊んでいた人たちがいたんです。どう説明していいかわからない不思議な存在ですし、そういう飛び道具みたいな案が通るかわかりませんでしたけど、渋谷君に赤犬を組ませたら面白いだろうなという確信はありました」。主人公の設定を形作る上で鍵となったのが【記憶喪失】という仕掛け。「普段なら絶対に出てこないし、やらないアイデアですが、実際起こりそうでありながら現実離れした面もあるフィクション度の高い設定も今回ならばありだと思えたんです。それが出来るのも、オリジナルならではの強みだし、渋谷君だからこそ実現可能ではないかと考えたんです」と監督は話す。そして赤犬がライブで根城としているのが、大阪はなんば千日前にある元グランドキャバレーの“味園ユニバース”。記憶喪失の男がそんな不思議で混沌とした場所へと迷い込む。かくして基本設定ができ、映画『味園ユニバース』という物語が動き出した。
大阪。広場で行われていたバンド【赤犬】のライブに、ふらふらと現れた男(渋谷すばる)。マイクを奪い、声を放つや、会場は水をうったように静まりかえる。圧巻の歌声! そのまま気を失った男だったが、目を覚ますと自分のことを何も覚えていないという。記憶喪失。傷だらけの顔。その正体と歌声に興味を持った【赤犬】マネージャーのカスミ(二階堂ふみ)は、彼を“ポチ男”と名付け、祖父と暮らす自分の家に住まわせながら、バンドのボーカルに迎えようとする。しかし、フラッシュバックで少しずつポチ男の記憶が蘇る―「俺は、危険かもしれない」。それぞれの中で止まっていた時間が、また動き始める。